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The Lonely Army~第三飛行中隊の悲劇~

五月に出すと言ったから、頑張った。




ビープ音最高。

イラストは結城えいし様http://lunaphase.sakura.ne.jp/

第三中隊のメンバーの一部とその最期については、追記にて。

今回ニコニコ動画に投稿した音声資料は、戦争末期の都市防衛戦における無線内容であるが、特に第69戦術戦闘航空団第3飛行隊(通称第3中隊)のものが多い。
彼らは航空団の中でも熟練パイロットの割合が多く、戦中には爆撃作戦の護衛で活躍した。しかし近海防衛ラインの陥落、敵軍の度重なる飛行場奇襲作戦により、この都市防衛の時点で多くのパイロットを失っていたし、人員補充も行われなかった。
都市南部の混戦地域で敵攻撃機の迎撃に第7中隊とともに遂行していたが、2:47に西部の国道七号線防衛陣地陥落により都市包囲網が形成されはじめると、中央の兵力を西部へ移動させざるを得ない状況となる。2週間に及ぶ都市攻防戦で多くの野戦滑走路は使用不能となり、この日の”最後の攻勢”に際して飛べた航空兵力は微力であった。当時、主翼と機首に赤字で「03」の字をつけた第3中隊は都市攻防戦やそれ以前の近海、内陸での防衛戦で奮闘し、敵からも恐れられていたが、この”最後の攻勢”においては多勢に無勢であった。
この動画は、故郷の守護神として都市と運命をともにした第3飛行中隊の最後の記録である。


(尚、”最後の攻勢”以外で戦死した他のパイロットは記述を省いている)

■中隊長Red Ace
 ”不動の一番機”の異名を持つ、第三中隊のリーダー。開戦当初は後方支援にあたっていた第69航空団であったが、中隊の腕を買われ幾度となく攻撃任務に参加。航空団トップクラスのエースパイロットであり、隊長機の証である尾翼の赤いラインを指して敵からは「赤い撃墜王」と呼ばれた。後方での訓練長への転進の話も断り、自ら進んで前線への参加を求めていた。戦局が不利になり、都市防衛のため近海や内陸の防衛に厳しい状況下で指揮を執ることになり、近海防衛ラインを放棄した際は殿として第三中隊のみで敵の飛行大隊を足止めし、中隊で15機、自身は5機の撃墜をする活躍を見せたが、多くの仲間を失い苦悩していた。
 中央防衛陣地で迎撃任務についていた際、西側防衛陣地で要請を受け第三中隊のみで転進。本人曰く50機以上(実際は戦闘機だけで120機以上)が飛び交う中に僅か7機で飛び込んだ。彼は墜落する部下を目の当たりにしながらも最後まで奮闘し、未明の都市中心部陥落の直後に不時着。幸か不幸か味方に収容された。後日、輸送機で後方へ向かう途中、敵の奇襲を受け抵抗することなく墜落。総撃墜数は79機(証言など踏まえると100機を超すという説もある)
付近の農村で遺体は埋葬されたが、遺品は全て終戦後に国立戦争記念館へ寄贈され、その一つは『第三飛行中隊長の日誌』として現在も保管されている。

■二番機Hunter
 航空団から”ハンター”の異名で知られるエースパイロット。中隊長とは別のロッテで副長としても機能していた。(尚、第三中隊もロッテ戦法が採択されていたが、その際の二番機という意味では使われていない。コールサインの3rd-1、3rd-2…という意味)小柄な体格で甲高い声、愛嬌のある性格だと中隊長の日誌にある。中隊長とは撃墜数を競う間柄でもあった。西側の敵軍に突入する際、中隊は2-2-3に分けられ、三機編隊で奮戦したが、僚機と離れたところを敵の二機編隊に食いつかれた。墜落確認はないが、未帰還。総撃墜数74機。

■三番機Killer Tank
 彼も開戦当初から中隊に所属していた。優れた航空技術もさることながら、超低空からの機銃攻撃で地上の敵を狩ることを得意とし、”戦車殺し”の異名を持つ。敵地上軍に「03」の文字が恐怖の対象となったのも、彼によるところが大きい。”最後の攻勢”の突入時も、友軍を助けるために果敢に地上の攻撃を行ったが、何度も被弾し、ついに墜落。国道七号線を進軍していた敵地上軍の証言では、三番機が突入するたびに対空火器から小銃まで浴びせ、4度目に低空で火を噴いたという。恐らく脱出は叶わなかった。総撃墜数29機、大破させた敵車両は53。

■五番機Southpaw
 開戦当初から中隊に所属、ギタリストとして飛行団のジャムセッションに参加することも多かった。彼は勝手に弦を左利き用に張り替えてしまうので、”左利き”の異名で知られていた。小隊長の二番機として突入、彼の通信内容から小隊長の墜落の様子が窺える。指揮官を失った後、十二番機とともに奮闘したが被弾、脱出したが流れ弾をうけ戦死。総撃墜数49機、航空団でのセッション、ライブの回数は228回。

■六番機Assistant
 開戦初期に中隊へ交代要員として配属。生真面目な性格で、戦況が厳しくても常に冷淡な口調であったと日誌にある。中隊長のロッテ二番手として最も多く空へ上がった。”中隊の片腕”と呼ばれた。彼は二番機としてロッテの後方を任されることが多かったが、決して隊長機から離れない正確な操縦がそれを可能にした。”最後の攻勢”に際しても中隊長の後方を守り続けたが、エンジンに被弾。脱出不能と伝えた後、通信途絶。総撃墜数20機。

■八番機Daredevil
 開戦当初から中隊に所属。彼は三番機でロッテの二番手として多く戦闘に参加し、その度に三番機の命知らずな地上攻撃につき合わされたようだ。開戦当初は最年少、気弱でノーと言えない性格、常に大雑把な中隊長や自分勝手な中隊のメンバーに付き合わされていた。そんな性格のせいか”戦車殺し”に連れ回され弾幕に突っ込んでいくことが多く目撃され、”命知らず”の異名がついた。しかし西側防衛陣地突入の際は、そんな三番機の”戦車殺し”に同伴することないまま尾翼に被弾、制御不能に陥り脱出した。総撃墜数42機。
彼は負傷しながらも地上に辿り着き、捕虜として終戦後も5年故郷へ帰れなかった。帰国後、最後に戦った自らの故郷の復興と戦中の資料保管をボランティアで行う。第三中隊の記録も彼が生き残ってなければ風化していただろう。

■十二番機Falcon Eyes
 中隊唯一の女性パイロット。小柄で華奢、長めの赤毛と日誌にある。戦争後期に中隊に配属され、まだ20歳超えたばかりであったが、その体からは想像のできない機動を発揮したようだ。小隊長のロッテ二番手として活躍、彼の激しい曲芸飛行にも何度も耐えた。何より、中隊で最も目が良く、彼女は昼間でも星が見えるほどであったと伝えられ、敵機の早期発見は中隊の作戦行動に大きな功績を与えた。通称”鷹の目”と呼ばれる。”最後の攻勢”に際して小隊長と五番機で三機編隊を組んだが、隊長機を失ってからの動向は正確に伝わっていない。八番機が最後に見たのは、都市の煙から出てきた彼女の機体と、それを食らいつこうとする4機の敵戦闘機であったという。未帰還。総撃墜数19機。


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[ 2012/05/26 15:29 ] ボーカロイド | TB(0) | CM(1)

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[ 2012/07/07 18:06 ] [ 編集 ]

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